袴田事件で死刑求刑 警察の罪とは

袴田事件で検察が改めて死刑を求刑しました。冤罪がほぼ確定しているのに検察のメンツだけで死刑を求刑したように感じます。なぜ間違いを認めることができないのでしょうか。

今回は袴田事件を警察目線で振り返ってみようと思います。

袴田事件は、1966年に静岡県で発生した強盗殺人事件で、元プロボクサーの袴田巌が犯人として逮捕・起訴されました。しかし、長年にわたり冤罪の可能性が指摘されてきた事件です。ここでは、警察の視点から事件を振り返り、冤罪の可能性について考察します。

事件の概要

1966年6月30日、静岡県清水市(現静岡市清水区)の味噌製造会社の専務宅で一家4人が殺害され、放火される事件が発生しました。警察は捜査を開始し、元プロボクサーで会社の従業員であった袴田巌を容疑者として逮捕しました。

警察の捜査と証拠

  1. 逮捕と取り調べ
    • 警察は袴田を犯人と特定し、厳しい取り調べを行いました。当時の取り調べは長時間にわたり、過酷なものであったとされています。
    • 袴田は取り調べの結果、自白しましたが、後にその自白は強制されたものであると主張しました。
  2. 物的証拠
    • 決定的な証拠として、事件から1年以上後に専務宅の味噌タンクから発見された血痕の付いた衣類がありました。この衣類は袴田のものであるとされ、袴田の有罪の根拠となりました。
  3. 法医学的証拠
    • 血痕や衣類に関する法医学的な証拠も提出されましたが、後にこれらの証拠の信憑性が疑問視されることになります。

裁判と有罪判決

  • 1968年9月、袴田巌は静岡地裁で死刑判決を受けました。以降、袴田は一貫して無罪を主張し、上告しましたが、1976年に最高裁で死刑が確定しました。

冤罪の指摘

  1. 自白の信憑性
    • 袴田の自白は、警察の長時間にわたる取り調べの中で強制されたものである可能性が高いとされています。当時の取り調べ方法には問題があったとの指摘があります。
  2. 物的証拠の疑問
    • 衣類の血痕やサイズが袴田の体型と合わないという指摘や、発見のタイミングが不自然であるといった疑問が後に浮上しました。
    • 最新のDNA鑑定により、衣類に付着していた血痕が被害者のものと一致しないことが判明しました。
  3. 証拠の保存方法
    • 物的証拠の保存方法や管理についても問題があり、証拠の信憑性が疑問視されています。

再審と釈放

  • 2014年、静岡地裁は再審開始を決定し、袴田巌の釈放を命じました。再審開始の決定は、証拠の信憑性や自白の強制性に疑問があることを認めたものでした。
  • その後も再審を巡る法廷闘争が続きましたが、袴田は2014年に48年ぶりに釈放され、現在も再審が進行中です。

警察目線の総括

警察の視点から見ると、袴田事件は当時の捜査手法や取り調べの問題点を浮き彫りにしました。長時間にわたる取り調べや強制的な自白の取得、証拠の管理方法など、捜査における基本的な手続きに重大な問題があったことが後に判明しました。

この事件は、日本の刑事司法制度における冤罪のリスクを強調する事例として広く認識されており、取り調べの透明性や証拠の管理方法の改善が求められるきっかけとなりました。

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